【ワクワクが幸せの秘訣!?】デザインコンサルティング会社btraxで働く波江優さん

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元々国連志望 / 大学院ではハピネスを研究

編集部:先程大学時代の専攻が国際関係だったと言っていましたが、具体的にはどんなことを勉強してたんですか?

ゆうちゃん:大学の時はドイツ語学科だったんですが、ナチス時代のプロパガンダや、日本とドイツの歴史教育の違いなどを勉強していました。あと、国際NGOというか人権についてのNGOでもインターンをしてて、他にも国際ボランティアや海外青年派遣とか、国際系の活動を色々とやってる人だったんですよ。

編集部:結構アクティブな学生だったんですね。

ゆうちゃん:休みのたびに外国に行っていました。貧しい国などに行くとやはり日本との貧富の差を感じたけれど、日本よりも人々がハッピーそうに見えるときもあって、本当のハピネスは何かしら?みたいなことを考えていました。

編集部:おお、なかなか深いところにいきますね。

ゆうちゃん:人権NGOにいたこともあって、みんなの人権が守られてハッピーになったらいいのになと思いつつも、どうしたらいいかわからないとを思ってました。そういった背景で、国連職員などにも興味があったんですけど、国連に行くには大学院に行かないといけなくて。

編集部:え、そうなんですか? 大学院必須なんですか?

ゆうちゃん:結構必須に近い感じで、それもあって大学院でマスターを取ることに決めたところはあります。サンフランシスコ大学では、インターナショナルスタディースを専攻しました。大学院では国際問題を中心に、国際開発や人権などいろんな社会における問題の勉強をしていて、卒論はハピネスと長時間労働と政治参加の関係性というテーマでした。

編集部:すごく気になります、そのテーマ(笑)  ちなみに、海外の大学院に行こうっていうのはどういう背景だったんですか?

ゆうちゃん:実は、大学の入学時にも海外の大学に行くことを考えていたんですよ。大学受験で一番行きたかった東京外大のトルコ語学科に落ちてしまって、やけになって海外の大学行くのもありかなと思ってたんです。

編集部:トルコ語学科志望だったんですか(笑)?

ゆうちゃん:人と同じことをしたくなくて、英語はみんなできるからそれ以外の言語を学びたいってことで、倍率とかを色々考えるとトルコ語学科がいいんじゃないかと思ったんですよ(笑)  でも結局落ちてしまって、それが悔しくて、「じゃあもうアメリカとか海外の大学に行きたい」と親に話したところ、「え、すぐ行く? さすがに、急すぎない?」って言われたんですね。それは3月とかの話だったので。

編集部:まぁ普通の親ならそうなりますね(笑)

ゆうちゃん:それで、途中からアメリカの大学に編入できる方法もあると知って、日本の大学生活にも興味はあったので2年間だけ日本の大学生を経験してみて、3年生からアメリカに編入する道のりで行くことにしたんですよ。それで結局滑り止めで受けていた別の大学のドイツ語学科に入ることを決めました。

編集部:なるほど。3年生から海外に編入するプランを結局途中でやめたのは何か理由があったんですか?

ゆうちゃん:なぜそうなったかというと、ひとつは2年生の夏休みにドイツに短期留学した時に、もう少し続けたらドイツ語が喋れるようになるかもっていう迷いが生じたんですね。もうひとつは、そのドイツ留学から数ヶ月後に、内閣府でやってる国際交流事業で中東に行っていた人たちの話を聞く機会があったんですが、それを聞いて「めっちゃ中東に行きたい!」と思ったんですよ、そのプログラムで。

編集部:おぉ、急に中東ですか(笑)

ゆうちゃん:その時も人と違うことをしたい想いはありましたね。あまり多くの人が見たことのない世界を見たいと思っていました。中東って危険なイメージあるし、普通なら親は許さないだろうけど、内閣府のプログラムであれば親も納得してくれるはずだと思って、そのプログラムへの応募をすぐに決めました。ただ、そのプログラムに行くとタイミング的に海外の大学への編入に余計に時間がかかりそうだと気付いて、それなら卒業してから海外の大学院で行くほうが早いかもと思い始めたんです。

編集部:日本の大学もちゃんと卒業できて、マスターも取れて一石二鳥だと思ったわけですね。

ゆうちゃん:最初は大学院留学ってレベルが高そうだし絶対無理だと思ってたんですけど、調べてみたら意外となんとかなるかもしれないと気づいて。だったらプラス2年で大学院に行ったほうが得だと思い、そう決めました。結局その年のプログラムではアラブの春の余波などもあって、中東ではなくドミニカ共和国に行くことになったんですが、そこでの出会いを通して、国際問題解決に携わりたいという想いが強くなり海外の大学院に進学することを決意しました。

前世はアメリカ人? 初海外はロシア?

編集部:国際問題とか海外とかへの興味は小さい頃からあったんですか?

ゆうちゃん:国際問題かはわからないけど、でも小学生のときからALTの先生が来るとめっちゃ嬉しいタイプでしたね。

編集部:それは親がそういう関係の仕事してたとかなんですか?

ゆうちゃん:全然ですね。親は英語ほとんど喋れないですし。

編集部:するとやはりユニークさを求めて海外への興味が出たんですか?

ゆうちゃん:なんでですかね? お父さんとかは、「きっとそんなにアメリカに居たいなら前世はアメリカ人だったんだな」ってこないだ帰った時に言ってましたけど(笑)

編集部:前世はアメリカ人って相当インパクトありますね(笑)

ゆうちゃん:ちなみに人生初の海外は中学3年生の時に行ったロシアのユジノサハリンスクっていうところです。

編集部:え、ロシア(笑)?

ゆうちゃん:実家が函館市なんですけど、その都市と函館市は姉妹都市の繋がりがあって、中学生派遣事業っていうのがあったんです。函館から飛行機で1時間くらいなので、近いんですよ。週に一回しか飛行機はなかったんですけど(笑)

編集部:なんかバトルロワイヤルみたいですね(笑)

ユジノサハリンスクは、ロシア連邦極東連邦管区サハリン州の都市で、同州の州都。

ゆうちゃん:それで行ったら、ホストファミリーが英語を話さなくて突然ロシア語生活でした。

編集部:それどうやってコミュニケーションしてたんですか(笑)?

ゆうちゃん:アップル・ミルクとか簡単な単語はホストファミリーのお姉ちゃんだけはわかってたんですけど、基本的にはロシア語の指差し会話帳に頼りました。あとはほんとにジェスチャーで頑張ってました。彼女たちはひたすらロシア語で話しかけてくれて、全然わからないけど知ってるふりをしたりして(笑)  でも、言葉が通じなくてもなんとかなるなって感じましたね。

編集部:メンタルタフネスがハンパないですね(笑)  なんとなくアメリカにいる日本人はユニークネス・メンタルタフネス・ワクワク感みたいなキーワードにヒットしてる人の割合が高い気がします(笑)

ゆうちゃん:そうかもしれないですね(笑)  あとは小さい時にお父さんの仕事の関係で3年に1回くらい引っ越しをしてたので、新しい土地に行って文化の違いとかを見るのが楽しいっていうのはありました。もしかしたら、そういうのが関係して外国文化への興味に繋がったのかもしれないです。

今後のキャリア観

編集部:次に今後のキャリア観を聞きたいのですが、国際問題の解決にデザイン思考を活かせるのではないか、という入社当初の考えは今も引き続き持っているんですか?

ゆうちゃん:はい、持ってますね。でも、そう簡単ではないということも感じています。この辺りだと「テクノロジー × ソーシャルインパクト」とか「デザイン × ソーシャルインパクト」といったイベントをたくさんやってるので、そういう場にとりあえず行きまくって、どんな方法でそういった問題に関わっていくかアイデアを得るようにしてます。

ソーシャルインパクトとは、ビジネス・事業・その他が、社会的課題やそれを包摂する社会などの対象に作用し、直接的または間接的に生み出される効果です。-エンパシー

編集部:具体的にやりたいことは既に決まってるんですか?

ゆうちゃん:最終的に自分自身がどの問題にフォーカスすればいいのかはまだ全然わからなくて、どれも大事だし決めれない状態です。だから、今は色々と話を聞いてアイデアとインスピレーションを蓄えていて、将来的には自分でプロジェクトや団体を立ち上げるかもしれないし、最初考えていた通りに国際機関やNGOに進む可能性もあるかなと思っています。やり方はなんでもありかとは思うんですけど、何かしらの形で社会がハッピーになることをやりたいなって思っています。

編集部:国際関係以外の仕事の選択肢はあまり考えてないんですか?

ゆうちゃん:btraxに入ってからデザイン自体にも興味を持つようになりました。デザインは問題解決の方法だと学んだのをきっかけに、UXデザイナーのような仕事も素敵だなと思ってます。現時点だとまだはっきりとはわからないですけど、将来は色んな可能性があるなって感じてますね。

編集部:渡米前は見えてなかった選択肢が今まさに広がっていってる最中なわけですね。

ゆうちゃん:そうですね! これはたしかにサンフランシスコに来て広がった部分ですね!

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1990年6月8日生まれ。埼玉県川口市出身。
2013年、一橋大学商学部経営学科卒業。株式会社SpeeeにてSEOやWebマーケティングのコンサルティング等に3年半従事したのち、イノベーションの最先端であるシリコンバレーでチャレンジしたいと考えて渡米。現在は、UC Berkeley Extensionにて経営とプロジェクトマネジメントを専攻。
座右の銘は「やらぬ後悔よりやった後悔」。

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