GE社のデザイン思考の例
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坪田さん:では、ここでデザイン思考の例を。これ、ご存知ですかね?一応初めてだということで話をします。GEはMRIのトップメーカーの1つです。あるときダグラスというエンジニアがいて、彼が世界で一番コストパフォーマンスの良いMRIを作ったんです。
彼がある時、一番はじめに買ってくれた病院に行ったんです。彼は、すごく重い病気を持った人たちが「あなたのMRIのおかげで病気が治ったよ」と言ってくれることを期待していたんです。
でも、そこで見たのは真逆の光景で、子どもがこのMRIの前で大泣きしていたんです。MRIに乗ったことがある人は分かるかもしれませんが、MRIって怖いですよね。キーンって嫌な音するじゃないですか。それで、子どもが怖がって、彼が行った病院では7割の子どもが鎮静剤を打たないとMRIに乗ってくれないくらい取り乱していたんです。
それはダグラスからすると、人を救うために作ったMRIが、逆に子どもを傷つけちゃってたんですよ。なので、彼はGEに戻ってなんとかしようと、子どもが泣かないMRIを作るプロジェクトを立ち上げたんです。
彼が初めに発想したのは、音がうるさくて子どもが泣いているんだから、音を小さくしようというプロセスなんです。これは残念ながら失敗をしました。まず、別に音を好きで出してるわけじゃないので、音を下げるためにはコストがかかります。期間もかかります。
それは彼のプロジェクトとして許容できるリスクではなかったんです。そこで悩んでた彼が出会ったのがデザイン思考なんです。デザイン思考はさっき言ったようにその問題を抱えた人になりきるんですよ。なので、彼は子どもになりきってみました。
とにかく子どもが何時に起きて、何時に寝て、その間はどういうご飯を食べて、どういう時に嬉しくて、どういう時に悲しいのかって、その子どもになりきってみたんです。すると、音がうるさいというのはそんなに問題じゃないことに気づいたんです。解くべき問題は他にあると。
GE社のデザイン思考の例 / 結果
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坪田さん:答えを先に見せると、彼が作ったMRIはこれです。例えば、これは宇宙船なんです。MRIの機能自体は全然変わってなくて、このMRIに乗る子どもに、前室でこの宇宙船と同じ形をしたMRIの模型で遊ばせるんですね。その後ここに入ると、「うわっ本物だ」ってなりますよね。
そして、先生も宇宙飛行士の格好をして敬礼した状態で待ってるんです。「君はこの宇宙船に乗る初めての人類だ」みたいなことを言って。そしたら子どもはウキウキして乗っちゃうじゃないですか。そうするともう音がうるさいことが気にならなくなるんです。
「この宇宙船ってリアルだね」みたいになるんです。するとMRIが終わった後も「パパもう一回乗りたい」って言うんですよ。それって子どもがめちゃくちゃ満足してるわけですよね。
この話はこれで終わりなんですけど、これはすごくデザイン思考を表していて、彼はまず人に共感する、人を中心に考えるというプロセスを経たわけです。MRIに乗る子どもって病気が重いわけですよ。そうすると、彼が解かなきゃいけない問題はなんでしょう?
やっぱり子どもは普段外で遊びたい生き物じゃないですか。でも、それが全然遊べなくて、友達とも遊べなくて、ずっと部屋の中にこもりっきりで、それでストレスが溜まっちゃって。そこに、MRIのうるさい音がトリガーになって取り乱しちゃうんです。
そしたら解くべき問題はそのトリガーの方じゃないですよね?子どもが遊べないということですよね。だから、遊びたいという問題をこのMRIが解いてあげれば解決するということだったんです。
そして、これってペンキで塗っただけなので全然お金かかってないんですよね。彼が初めに考えついた音が小さいMRIを作り続けたコストと比較してください。どっちが簡単で早いですか?しかも、音が小さいMRIは、そこに乗った子どもが、パパもう一回乗りたいと言うほどの満足度を与えられるでしょうか?
だからプロトタイプはすごく強力な手法なんです。安くて早くて、コストをかけずに正しい答えを見つけられる。実は、これには後日談があって、今はこれをプロジェクションマッピングでやってるんです。だから全然コストがかからないんです。子供が宇宙船やだーって言ったら、じゃあ海賊船ねってパッて切り替えられるんです(笑)
SAPとデザイン思考の歴史
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坪田さん:SAPはこのデザイン思考がビジネスに活きるんじゃないかと思ったんです。そして、SAPはこのデザイン思考をまじめに15年間やってるんです。デザイン思考というと、ポストイット貼って、ワークショップやればできた気になるんですけど、そうじゃなくて、マインドセットなんですよ。
とにかく、いかにマインドとして入れ込んでいくかというのが重要で、SAPも15年かかりました。もちろんデザイン思考ができるコンサル会社はいっぱいあるんですけど、これくらい本気で自分たちの中に取り込んでイノベーションを起こしたと胸を張れる企業も少ないと思います。
だから、SAPはこのデザイン思考の経験をおすそ分けしながら、お客様の事業開発、事業課題の解決策を一緒に考えることを本業にしているんです。最終的には、それが我々の基幹製品であるITソフトウェアのビジネスにも繋がるということです。
いま、求められる両利き経営
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坪田さん:なので、今求められているのは両利き経営です。これは新規事業だけやりましょうと煽っているのではなく、既存事業ばかりやってきた企業が、どうやったら片手をあけて、こっちの世界に踏み切れるかという、その秘訣というか、イノベーションのフレームワークをSAPの経験を元に紐解いてみたというわけです。
これが、私が日本企業のみなさんにお話ししていることです。
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▼以下、Q&A
事例:コマツとSAP
今回の取材会場: SAP Labs Silicon Valley
編集部:この話を聞いて次に繋がったであったり、デザイン思考を取り入れてビジネスが成功したっていう話はあるんですか?
坪田さん:そういう時によく話すのはコマツさんの話で、コマツのKOMTRAX (コムトラックス) って知ってますか?いわゆる繋がる建機なんですけど、建機ってすごく現場で盗まれるんですよね。
編集部:え、盗まれる?
坪田さん:建機って耐久年数が長くて、中古でもそんなに値落ちしないから、バラして売れるんですよね。だから夜置いておくとパーツが盗まれたりするんです。でも、コムトラックスだと、GPSで建機の位置情報が分かるので、盗まれたり、あるべき場所にいなければ、遠隔でその機能を止められるんです。
編集部:稼働率などのデータも取れますよね。
坪田さん:でも、それって結局物売りなんです。要は、建機が売れる環境にすごく依存したビジネスモデルなんです。でも、これから日本は人口が減るので、家も建たないし、作る人も少なくなっちゃうと。今、建設業界では300万人くらいが労働しているんですけど、向こう10年で200万人ほど減ると言われてるんですね。
つまり、負担が1.5倍になるということです。それって結構死活問題じゃないですか。だから、コマツの課題っていうのは、単に建機が売れなくなるだけじゃなくて、建設業界自体が破綻するかもしれないということでもあるんです。
編集部:なるほど。
坪田さん:だから、彼らは「LANDLOG」という新規事業を立ち上げたんです。ランドは土地でログはデータのログ。これは建設プロセスのデータを横断的に全部取っていくんです。そして、データを商売にすると。
これはグーグルマップと一緒なんです。グーグルマップって地上の情報を全部載せてるじゃないですか。あれ、一般の人はタダで使えてますけど、企業はお金を払って使うことになってますよね。
コマツもそれと同じことをやろうとしていて、要は、データがいかに充実しているかが効率化の観点で非常に重要で、それをコマツが担保してあげますというビジネスモデルです。だから、別にコマツの建機じゃなくて、キャタピラーの建機が置かれた現場でもその情報は欲しいんです。
編集部:間違い無いですね!
坪田さん:そこを掘ったら何が出てくるかとか、過去にどういう人たちがこの現場で仕事をしてたのかとか。そのデータを使ってビジネスしたい人ってすごく多いんです。
例えば、保険業者もそうですね。今、工事現場の保険ってすごく値付けが難しいんですよ。要は、工事現場って事故を起こしたら損害も大きいし大変じゃないですか。でも、実はそんなに起きないんですよね。だから値付けが難しいんです。
編集部:そこもデータを活かせると。
坪田さん:そうそう。個々人の作業データも取って、今働いている人はどれくらい作業をしていて、その人が持つスキルレベルと受け持つ作業のリスクバランスはどれくらいかとかも分かるので、その人にぴったりの保険を作れますよね。それがデータを巡るビジネスモデルとして成り立っているんです。
その「LANDLOG」はコマツとSAPが作ったジョイントベンチャーなんですが、コマツの大橋社長にシリコンバレーに来ていただいて、次の月には役員会を呼んでいただいて、そこから半年くらいで立ち上げたんです。
編集部:かなりのスピード感ですね!
坪田さん:SAPに求められたのは、やはりデザイン思考を会社の中に入れ込んでいくという点ですね。つまり、デザイン思考を元に作るという観点が1つ。拠点を分けて新規事業を作っていくという観点が1つ。
あとは、エコシステムというのがあって、SAPってグローバルに40万社くらい顧客がいるんです。コマツは土木業界はたくさん知ってますが、保険屋さんのことは知らないじゃないですか。だから、そこを僕らが補填しますよと。
やっぱり、お客さんの成功に対して、僕らも責任やリスクを負ってビジネスに踏み切るというのは大事ですよね。それくらいデザイン思考というものが、我々の共存力を左右する大きな価値観になっているんです。