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渡米した経緯 / Zypsy誕生の瞬間

編集部:では、渡米した経緯を教えていただけますか?

橋本さん:ものづくりを始めるきっかけとなった人達や、自分の使っているツールやメソッドの多くが、ベイエリアで生み出されていたため、4年程前に初めてサンフランシスコに来たんです。

そして、フリマサービスを開発していたスタートアップにジョインして、1年半ぐらいは日本とアメリカを行き来していましたね。その後CEOの玉井と出会い、再びアメリカに来た次第です。

編集部:玉井さんとはどんな出会いだったんですか?

橋本さん:2017年の春に別のプロジェクトの打ち合わせでアメリカに来ていた時、高橋クロエさんの紹介で初めて会いました。

その時は今までやっていた仕事の話を簡単にしただけだったのですが、日本に戻ってから半年後に玉井から連絡が来たんです。それがちょうど、当時関わっていた2つのプロジェクトがリリース前に事業上の理由で両方ともお蔵入りしたタイミングで、突然やることがなくなってしまった時だったんです。

それで、「一緒に会社をやりたいのですが、日本に戻るタイミングでご飯にいきませんか?」と連絡が来て、話していく中でお互いが感じていた課題感ややりたいことが一致したんです。

編集部:それはどういった点でですか?

橋本さん:玉井自身は自分の会社をやりたいという想いがあり、僕はこれまで複数のスタートアップで0→1に関わる中で、自分のアイディアを0から形にしたいという想いがあり、それも自分の経験をダイレクトに活かせるデザイン関連のサービスを作りたいと思っていたんです。

それにアメリカや海外で挑戦することはずっと前からの夢だったので、このタイミングで行くのもありだなと思い渡米を決意しました。

編集部:全てのタイミングが揃っていたわけですね。

橋本さん:これはもう神様からの何かだろうと。

港区マンションからドラえもん生活

編集部:渡米した際に何か苦労はありましたか?

橋本さん:渡米して最初の数ヶ月はシェアハウスにある3畳くらいのクローゼットに住んでいたんですが、窓もないので換気もできず、朝起きたら口も喉もカラカラで何度か死にそうになりました(笑)

編集部:え、クローゼットですか?

橋本さん:渡米前は港区の眺めの良いマンションに住んでいたので、かなり生活が一変しましたね。ただ、元々狭い部屋は好きで、シリコンバレーは物価も高いし仕方ないだろうとは思っていました。

編集部:じゃあ、2月に渡米して港区マンションからクローゼットに移り住み、3月には資金調達したと・・・すごいスピード感ですね。ちなみに、英語には困らなかったんですか?

橋本さん:英語は仕事で使いながら勉強してます。Slackでのやり取りは英語で、最近はローカルの友達が出来たので、話す機会を増やしています。

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SiliconValleyWorkers編集長。愛媛県松山市出身。2016年、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻(相田研)修了。工学修士。現在はシリコンバレーのIT企業で仕事中。座右の銘:「現状維持は衰退のもと」

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